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もうひとつの京都 第25回目 『 重森三玲庭園美術館 』

Artと庭園史の出会いが
歴史ある古都に新しい庭を呼び興した

掲載日 2008.2.6

作庭家、重森三玲(しげもりみれい)
これが、彼が最後に残した肩書きなのかも知れません。
何故なら、東福寺方丈庭園に始まり最後に作庭した松尾大社庭園まで 彼が手がけた庭が、今、尚高い評価を受けているからなのです。
しかし、今回、彼が歩んだ人生をほんの少しだけ垣間見た時、 「本当に作庭家だけなのだろうか?」という疑問が沸いてきました。
彼が作った庭に組まれた石が、命を宿し、語らいかけてくるからなのです。
そして、庭全体がこれら先々にあるものを直感的に感じさせてくれるのです。

まさに、重森三玲の庭は、この京都の歴史の中に調和したArt作品なのでは ないかと思えたからなのです。
簡単に略歴を記すと 重森三玲は農家に生まれました。
それにもかかわらず、彼は芸術家志望で絵描きを目指します。

後にこれを断念し、茶の湯、いけばな、庭園に感心をもちます。
結果、一番古くからの歴史をもつ庭園に魅かれ庭園史の研究を始めます。

この肩書きを持ち、京都五山の知識層の方々と交流を持ち庭園史研究家として 認知されていきます。
ここで、最初の東福寺方丈園を作庭することとなっていくのです。

重森三玲の作庭の根底には、自らモノを作りたいアーティストとしての欲望と 庭園史としての考古学、心理学への探究心に満ち溢れ、その結果として
作庭された作品に なっているような気がします。
彼のアーティストとしての心が、斬新であっても、同じ技法を用いた庭を二つとして作らせず、組石に命を与え、見るものに語らいの時を忘れさせていったのでは ないでしょうか。

芸術を追求した庭が歴史あるこの京都に確かに息づいています。



[重森三玲庭園美術館]
   住所
    京都市左京区吉田上大路町(MAP
    火曜〜日曜 10時、11時、14時、15時、16時
     (有料、予約観覧制、簡単な説明付、月曜休)
    詳しくは重森三鈴庭園美術館公式HPをご覧ください
     TEL & FAX  075- 761-8776  
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