おじゃまします!手づくり市出展者さま Vol.79「プレーン・プレート」

今回は、『プレーン・プレート』の斉藤さん。材木屋さんの子供として育ち、
そこに出入りしていた大工さんの道具を目にする機会が多く、とても憧れていたそうです。
大工道具は、刃の部分が欠けたりしたら使い物にならないので、職人さんは自分の道具を
大切にし、他の人には触らせない。それを見て育ったので、
道具に対しては特に気を使っているそうです。

Q. 斉藤さんが木工作品を作るようになったいきさつを
教えてください。

「実家は、材木屋でしたが、高校時代から酪農家になる夢を実現するために、北海道へ行きました。大学卒業後、家業の事もあり旭川の材木屋に勤めました。その後、福知山の職業訓練所に行きその後旭川にもどり家具メーカーの製造部門で働きました。」

Q. もともと作ることはお好きでしたか?

「プラモデル作りが好きでした。父もプラモデルが好きでしたので、一緒にプラモデルを買いに行きました。最初はシンプルなものから、少しずつ工程をグレードアップさせてもらっていました。」

Q.何を作ったことが一番の思い出ですか?

「ラジコンですね。昔は、プラモデルのラジコンが憧れで、それを買ってもらえて作ったというのが良い思い出です。」

Q.京都に帰ってくるきっかけは?

「知り合いの家具屋の社長さんが京都へ帰ってこいと声をかけてくださったので、思いきって帰る事にしました。」

Q.戻ってからの仕事はどうやって?

「父の友人の家具屋さんたちの紹介で、織物が盛んだった準工業地帯で場所を探していました。本来、音を出しても大丈夫な場所だったのですが、借主さんが近所から苦情が出たら出て行ってもらう。と言われ、機械等を入れたりするので、そう簡単に引っ越せないから諦めました。
そのうち兄が土木業をしているのですが、たまたま広い空地があると聞き、その場所が空地なのでどうしようかな?と見ていたら、土建屋の方がたまたま通って、プレハブ解体するから、もしよければそれをあげる。と言われてすぐに決めました。(笑)全ての道がここに繋がっていたように今となっては感慨深いものがあります。」

 

Q. 手づくり市にはどんなきっかけで出展されるようになりましたか?

「当時、家具の販売を担当している方から出てみないか?と提案されたのがきっかけです。その当時は忙しかったので、言われるまま見たいなところもありました。家具製造が仕事なので仕事が減る事があっても、何かを作る事は出来ますが、販売をするのはむずかしく今は手づくり市という売る場所があることはありがたく感じています。」

Q. 屋号のいわれを教えてください。

「木の平板=プレーンプレート。家具屋でも材木屋でも使える屋号でいつでも材木屋に戻れるようにという意味合いを含めています。材木屋がやっている家具屋という気持ちでいます。」

Q. 木のまな板を長持ちさせるお手入れ方法を
教えてください。

「洗うのはガンガン洗ってくださって大丈夫です。まな板は専用のオイル(アメリカ製)を塗ってあるのですが、時間が経つと洗い物をしている手のように乾燥してきてしまうので、時々、オイルを塗ってもらうと長持ちします。オリーブオイルなどの食用油でも大丈夫です。」

作るものの材料として、どの木のどの部分を使うかの目利きがとても大切。木は製材してからが長い時間生きていくので、とにかく材料の使い方を重視し、バランス良く作ることを心がけているそうです。
穏やかな中にとても熱い気持ちが伝わる取材でした。

掲載日2018.10.13

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